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中村朋弘さんの
山と絵と文







中村朋弘さんの 山と絵と文
文 ことのは 宇田川 靖二

中村朋弘さんは「山と絵と文章の人」である。
その印象について語ろうと思うと、私がある時、ご本人から譲り受けた50ページほどの、私編のB6版の文章集「登攀日記」(鹿鳴荘 山百合文庫 2008.9.15)を開いてみることになる。
四つの独立した短編の読み物になっている。
そのページの間に、中村さんが描いた三枚の山の絵がある。
山を現場でスケッチしたり、イメージを定着させたりした原画の中から、絵はがきほどの大きさに縮小プリントしたものである。
初めの一枚が、私には特に印象的である。(↑)
コンテで描かれている。
いくつかの帯のような線が、夫々重ならない程度にすばやくひかれている。
これは岩壁に取り組んでいるある瞬間、脳裡に訪れた世界を、いっきに描き抜いたものであろう。
気がついたら、イメージのさなかにいた・・・、そのような作品化は、活きた線で仕事をしている書道家のような人にしても、遭遇するのは難しいことではないか。
左の線上の棘、岩壁に畏敬をもって打ち込まれたハーケンの、その存在感がこだましてくる。

ふと呼吸がかわったように別方向に、気分を転じた、そんな一瞬に、イメージが入って来て、恐らく作意のない絵が描かれる。
そう感じられる箇所が、この「集」にいくつか見られる。
例えば、つぎのようなところである。
   
「七人が大滝を越えて昂奮が鎮まると、妙に物憂い気持ちが全員に押し寄せてきた。これから先は、それほど問題はないだろうという、あまり根拠のない推測が誰かの口から出てくる。時刻は午後の四時半。夕暮れが追い駆けるように近づいている。ゴルジュの中をナメ滝がくねりながら流れ落ちてゆく。空には灰色の雲がせわしげに飛んでゆく。雲の去来のあいまに、ちらっと、一瞬、青空が窺く。ああ、おとずれることまれな鮮烈なる空の青よ。稜線では爽やかな風が吹き、心をなぐさめる景観が待っていてくれるのだろうか? かたわらの斜面では、サラシナショウマの白い穂がひっそりと揺れていた。」(中村・本文P32) 

この「集」の四つの文章は、いずれも中村朋弘さん自身が山や沢を登った時の体験記である。
次の①②③④の番号順に並んでいる。
①登攀日記某日 ②硫黄岳 ③地獄谷・権現沢左股(無雪期)を登る ④森吉山
  
            *********

①登攀日記某日 (鳥見迅彦編 「山の詩集」一九六七年九月、雪華社)

これは、リアリストの中村朋弘さんが、山で遭難した単独行者の死に立ち会った時の話である。

「もはや絶命していることが一目であきらかだった。」(P9)
「いっしょに人口呼吸を手伝った。」(P12)
そして、「わかりきっていた結論がようやく下され」(P12)、「かかわりあった以上、できることだけでもしておかなければ、ゆっくりやすむ気持ちにはなれなかったであろう。」(P12)と振り返っている。
自分もまた同様に山に親しむ者であるという認識が底流にあるのだが、
この「できることだけでもしておかなければ、」という短い文には、中村さんが「自分達はどこから来て、どこへゆく存在であるのか?」という問に、長年捉えられてきた、という意味が含まれている。

②硫黄岳 (日本の名山12 「八ヶ岳」串田孫一、今井通子、今福龍太・編、一九九七年六月、博品社)

ここでは、登山家の自覚の端緒からはじまって展開期までを、さっと振り返るような形で語っている。
視覚イメージが中心になっているから、いかにも「絵画の人」でもあるといえる短文である。

「このころのことを思うと、初心と言う言葉の中味が蘇ってくる。山へ登りたいと思い、山を調べ、山を選び、計画し、登り、下り、思い出におさめる。その過程を通じて、心は未知に戦き、夢に膨らみ、迷いに波立ち、喜悦で震える。その高低、振幅さまざまの波形は、セルリアンブルーの流れとなって青春の片隅を流れていた。いまもそれは伏流のように我が魂のどこかに彩りを滲ませながら流れているのだろうか。」(P16)

ここには、中村朋弘さんが「山と絵と文章の人である」という意味あいが結晶しているように思う。
この「山と絵と文章の三つの仕事」は、生業や日常とは異なった世界である。
その三つの異なった分野のバランスが無理なく浮かびあがっている。

④森吉山 (現代山岳紀行「とっておきの山」現代山岳紀行編集室編、一九八四年一一月、山と渓谷社)

これは、しみじみとした気分をのぞかせながら、「個人対山」という心象世界を綴っている。
山というものを語ろうとした時、山に繋がる人々と自分との交わりに筆が向いたのである。
自然を介しながら、運命的な印象をただよわせた人との出会いの話になっている。
登山観を、短編小説のように語ったといえる内容である。
ここでの「普通の人々との交歓」は、「人々の原像」に触れた、とでも言うべきかもしれない。

「小雨が降ったり途切れたりする山道を一人で歩き出し、夕刻、栩木沢の集落へおりるまで誰にも会うことがなかった。
 山中では花の季節が始まっていた。草木ではキクザキイチゲ、アズマイチゲ、ザゼンソウ、マイヅルソウ、シラネアオイ、オオバキスミレ、ミズバショウ、ミヤマカタバミ、カイジンドウ等々。ザゼンソウなどは道の真ん中に悠然と腰を据えているのが一株あったりして驚倒した。木本はタニウツギ、ムラサキヤシオ、イワナシ、ヒナザクラ、タムシバなど。雨模様の仄暗い林のなかで、あのすがすがしい白花をそよがせるタムシバの立つあたりはほっこりと明るく、バロックの室内楽曲のような浄福の響きが情感のなかにしみとおってくる。」(P48)
「下山して最初に会った道端の農家の老爺、牛乳二本を買ったらふかし立てのお強をだしてくれた食料品屋のおかみさん、短い言葉を交わしたバスの運転手、酒屋の親父さん、自転車の小学生、比立内駅の助役、指定券を他の駅から電話で取ってくれた鷹巣駅員・・・・・、これらの人々が忘れられない。また彼の山を訪れ、麓の人々に会いたい。ブナの巨木の原生林のなかで、鳥の声や野生動物の気配に近づいてみたい。小又峡やノロ川源流も未見のままにしておくわけにはいかない。後を引くことになりそうな山である。」(P50)

③地獄谷・権現沢左股(無雪期)を登る (独標登高会「八ヶ岳研究(下)」一九七三年一一月、校倉書房)
これは「個人対山」の関係ではなく、七人のパーティーを作って八ヶ岳の沢(大滝)に挑んだ、という内容である。
この三か月ほど、私は一日一回これらの文章を読むことにしていたのだが、登山と言えるほどの経験など全く無い私にとって、特にこの文章に関しては、他分野の専門世界を通りすがりにちょっと覗き込むという案配になってしまう。
このまま読んで語ろうとしても難しいことだ、と思った。

そこで、私の興味ある世界に話の舞台を移し、同種類だと思われる「ルートの探索」というものを描いてみようと思う。
分野は異なるのだが、それぞれ井戸をほれば、地下水が繋がっている、と考えられるからである。

この八ヶ岳の沢、滝に挑むというのは、致命的な失敗を回避しながら、そこに登攀ルートを探索し続けるということのようである。
私の場合には、次のように舞台を設定してみようと思う。

「精神の正体は何か?」という謎の山を登ること。
その登攀ルート(理路)を、致命的な失敗を回避しながら探索すること。
テーマをそのように設定した、といってもよい。

            ********

私達の周りは、「もの」で埋まっている。
そこには歴然とした「法則」がある。
しかし、「精神」はその法則には従わない。
にもかかわらず、「精神」というものは、「もの」に接触し、交わり、混濁する。
しかも、「精神」という世界は、まさに私達自身なのだ、という思いが実感としてある。
この「不思議さ」が問題である。
この問題が登攀の目標となる「山」である。

「精神の正体は何か?」。
それはどんな「沢」であり、どんな「山」なのか?
そして、その山に登る時、難所(越えるべき大滝)は一体どこにあって、どう行く手をはばもうとするのか?

先ず、登山口に立って、私は改めて「精神」なる世界を考えてみるところからはじめよう。

「物質」に対して、「精神」とは「非物質」と言われる。
「非物質」とは、「物質」ではない、という意味である。(1)

同時に、私達が経験的によくわかっている自己の内部世界を、「精神」という語は指し示している。(2)

ここから言えることは、「精神」の意味は、
確かにそれは存るのだが、
それは「非物質」だ、としか規定され得ていない、ということである。(3)

だから、「精神」は、言葉では何も説明できていないことになる。
この歩き初めのところで早速頓挫してしまう、というわけにはいかない。(4)

人々は「精神の正体」について、どういうふうに考えて来たのだろうか? 
どういうルート(理路)を取ろうとしてきたのだろうか?
ある人々は、ここから、「唯物論」を選択した。
「精神とは物質で説明できる」とした。(5)

別な人々は、「精神の正体を突きとめる」という難問を避けてきた。
そして、経験的に知っている「精神」自体から話をはじめて、
「精神の世界の様相」を豊富に語ってきた。
「精神の正体を問うことはしない。
しかし、どのような様子を呈して、どんなふうに姿を変えるのか、
そこには独特の法則がある・・・。」というふうに彼等は話を進める。(6)

勿論、この二つの態度は、
「精神の正体」について、何らの説明を加える結果にはなっていない。
言いかえれば、自然科学が「物質」を、その細部へ、さらに細部へと探究を重ね、そして説明してきたような、執拗に食い下がる態度が、「精神」に対しては全く向けられなかった。
また、自然科学者はすぐにいわゆる唯物論のルートをとってしまうので、これも失敗する。(7)

「もう一度基礎概念を検討し直してみる」方向にしか、展望(ルート)はみつからないようだ。

「物質」の基礎概念は「実体」である。
それは姿をかえることがあっても固くて、消滅しないというイメージである。

「精神」を指して、「非物質」という言い方がある。
従って、「精神」を指して、「非実体」という言い方もできる。

「物質」よりも、この「実体」と「非実体」という基礎概念を念頭において攻めあがることにしてみよう。
「非実体」が「非物質」と同様に、ただ「実体を否定した、という意味にすぎない」のであるから、さらに、迂回して別ルートを探してみる他は無い。(8)

存在(世界)は、「物質」「生命」「精神」の三様の姿を呈する。
そして、夫々の法則は異なっている。
「物質」には物質の法則があり、「生命」には生命の法則があり、「精神」には精神の法則がある。(9)

この三様に共通するものは何か?という問が鍵である。
この時、限り無く極小に向かって答を探せば、共通項は、一般に「物質」という姿が現れると思われている。
ここには、人々がいわゆる「唯物論」へとルートをとってしまいやすいという理由が見て取れる。
「精神の正体は何か?」という問を発した時、このように「物質性(=実体性)」という概念に、私達はすぐに引きずられるのである。(10)

しかし、ここでじっと立ち止まってみると、次の疑問が湧いてくる。
「物質」「生命」「精神」の三様を貫く共通項は、「物質=実体」しかないのだろうか? 
という疑問である。
「非物質」とか「非実体」(=実体では無い存在)は、「別名(別概念)では」この世に本当に存在しないのだろうか?
「実体」という一語を発した時、二つ目の存在(名)を落としてしまってはいないのだろうか? 
そういう疑問が頭から去らない、ということである。

「物質」から「生命」への大革命は、
「自然」という言葉で相互をくくっているように、連続性を感じる事ができる。
しかし、次の「生命」から「精神」へ、という二番目の大革命は、まだ連続性が捉えられていないのである。

大革命のような、「転成」という現象の際に働いている「何かの存在」、その「何かの存在」のあり方が、「非実体であるもの」、そういう存在を探さなければならなくなった。
こうなると、ひと休みする場所までもどって、今までとは別なルート(理路)を探し直す方がよいだろう。
それは、言わば最初の難所(大滝)である。(11)

探究する者の王者として、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」をイメージしてみよう。
かの「ダ・ヴィンチ」が、「モナ・リザ」の微笑を謎として追求しようとした時、彼は極小単位の「実体」を追い求めたのではなかった。
彼は、「実体の陰に何か隠れているのではないのか?」という探し方をしていたように見える。

彼は以下のように問うたと思われる。
なぜ人は、このように微笑し得るのか?
なぜ人は自分が望んだ時、このように手を組むことができるのか?
なぜ人は自分が望んだ時、このように微笑のうちに人の心を感じることができるのか?・・・。
彼は、その謎の追求に捉えられた時、解剖という探究のルートを選んだ。
それは、そこに「機能(性)」という世界があるからだ。
手は、例えば、病人の痛みを和らげるように動かす、それ程の「高度な機能(性)」をもっている。(12)

では、「機能(性)」とは何か?
解剖学(「機能の研究」)は、さらに「存在の探究」へと向かう理由をはらんでいる。

それは「実体」(概念)だけでは説明が成り立たない。
だから、次のように説明しよう。
例えば、手の「機能(性)」でいえば、それは「ものを掴むという目的」をもった、「組織力」である。
この「機能(性)」は、生体のみならず、「もの」である機械や生き物すべてを貫いているのであるから、「機能(性)」とは一般に「目的的・組織力」という意味だと考えてよいだろう。(13)

それでは「目的的・組織力」は何でできているのか?
その組成は、「実体とその関係」でできている、と言い得る。
ここで、「関係」という語が、「存在の世界へ登場」して来た。
「関係」は「非存在」ではなく、「存在」の世界に属しているのである。
ただし、「実体」ではないから、「非実体」である。

例えば、次のようにイメージできる。
野球選手(実体)が、相互に協力して(「関係」して)、チーム(組織)をつくる。
勝利に向かって、チーム力(りょく)をあげるために、選手補強をして組織の「機能(性)」をたかめる。
従って、チーム(組織)とは、「実体」に担われた「関係存在」である。

以上のように、
存在の世界において、
「実体」(=物質など)の他に、
「関係」という「非実体」(=非物質)を見逃してはいけない、
ということなのである。(14)

「組織力」の、「力(りょく)」というのは、言語概念では表しきれない、
最後の岩盤のようなものである。
時間の原因を言葉では説明できないし、
生命の「欲望」という存在もまた言葉ではこれ以上その意味を掘ることはできない。
問題になっているのは、この最後の「力」という岩盤まで、
どのように掘り進んだのか、ということなのである。(15)

ここで、「関係」とは、「非実体」であることに、改めて注意しなければならない。
特に、「関係」は「関係概念」でしか捉えられないことに注目すべきである。
「関係」は、橋渡しの、橋というような、「実体」だと考えてはならない。
「関係」は、「非実体」の特徴をことごとく持っている。
「関係」は、見えず、掴めず、自身だけでは存在できないが、「実体」ではない領域として、存在している。
(「精神」という存在のように、である。)(16)

「実体」と「関係」という存在が、「機能(性)」という「目的的・組織(力)」をつくる。
その延長に「精神」が出現する。
そのようなルート(理路)の見通しができあがってきた。
従来のように、「関係」という存在を見落としたままの「実体概念・物質概念など」で、「精神の正体」をつきとめようとしても「精神」は出現できない。

さて、最初の難所(大滝)を越えたことになる。(17)

この機能(性)の前提である組織(性)は、はじめ単純な「水素」と「酸素」とで転成して「水」になる、といった類いをイメージすればよいようなものであるが、次第に、複雑に転成して、生物の機能(性)が出現し、そして、人間の身体で、ピークに達する。(18)

次の難所は、以下の通りである。

「精神」の基本的な特徴である以下の「イとロ」を、「実体」・「関係」・「機能(性)=組織力」という「存在(概念)」にそって、
説明することができるルートを見つけだすということである。

「精神」の基本的な特徴とは、次の二つである。
イ、私(精神)という「主体」が、無から湧いてくる。
ロ、私(精神)が支配者(主体)となって、「もの・ごと」を動かすことができる。

つまり、私は主体者として、無から湧いて来たような実感をもっており、且つ、私は、身体の主体者として能動的支配的な存在なのだ、という実感をもっている。(19)

まず、イについて。
「関係」は「無から有へ」と「湧く」ように創出されるものである。
人(実体)が、AB二人集まれば、その集まったことを原因にして、ABの「関係」は、その時、「同時に自然・必然に、うまれてしまう」ものだ。(20)

さらに、「機能(性)・組織力」という世界に於いて、「関係」という「存在が無から湧く」のは、もっとドラマチックな様相を呈する。

例としては、「選手と野球チーム」を引き合いに出してもよいが、それより「国民(実体)と国家(関係組織)」をあげよう。

AとBとが相談して国家をつくる。(人の数はこの際こだわる必要は無い)
これは、社会契約という言葉に示されるような構造をもっている。
契約だから、「約束を守れ」という命令(規範)が生じる。
この命令(規範)は第三者として、国家権力という姿をとって、湧いたように生まれる。
ここに、立法や行政や司法という「目的的・組織力」(=機能性)という「関係存在」が湧出する。
それは、「実体AB」によって「関係が湧く」ように「無から有へ」と生み出されたのだと言い得る。
その長である内閣総理大臣のポストは、国家という組織の主体(意志)であり、(時には「不在時」があり得るように)「関係という存在」であって、「実体」(具体的な人間)ではない。
そのポスト(関係としての存在)に座るのが、具体的な「田中や鈴木」という「実体」としての人なのである。
従って、「関係」という存在に、重ねられた「実体」という存在、その統一存在が田中総理だという、「関係 + 実体」という存在構造をもっているのである。(21)

ここから、ロについて。
以上のようにして湧いた「関係存在」は、命令(規範)の発出点として、執行権(「力」=りょく)をもつ。
(ちょうど私達の「意志」のようにである。)
「約束をまもれ!」という内容の権力性である。
それは、この「機能(性)=目的的・組織力」の存在が、次の事態を生み出している、ということになる。
「命令の発出点(行政府)は、AB(国民)という実体を動かす」ことができる。

平たく言えば、総理大臣というポストが公務員群を動かし、国民を動かすことができる。
(私が、自分の身体を動かすことができるように。)則ち、「関係 (+実体)」が、能動的支配者として存在しているということになる。
それは、「関係」(=総理大臣というポスト)がそういう存在なのであり、具体的な人(公務代理人や代理集団という実体)が
その「関係=ポスト」を担っているという構造なのである(22)

この奥に、さらに難所(大滝)が待ち構えていた。

以上は、「実体と関係」を存在の二要素だとして説明しているが、例えば、喜怒哀楽などはどう説明できるのか?
「関係主体」(ポスト)の喜怒哀楽と、
「実体」(田中)の喜怒哀楽と、この関係は、一体どういう話になるのだ、という疑問である。

特に「関係」という存在の、喜怒哀楽とは?・・・どういう現象を言っているのか?(23)

それは、次の(A)(B)二つが、問題の中心に横たわっている。

まず、(A)である。
それは、「関係」と「実体」の「直接統一」をどう説明したらよいのか?という問題である。

例えば、歯車が回転している。
歯車は「実体」である。
回転は、状態の変化、則ち「関係」の変化である。

回転は「関係」であり、歯車は「実体」である。

この時、「関係」(回転)世界を担っているのは、「実体」の「歯車(そのもの)」の方である。
「実体」(歯車そのもの)がなくなれば「関係」(回転)も消滅する。

例えば、外国から日本が侮辱を受けて、「トップ=田中総理大臣」が、怒っている時、田中は、「実体」の歯車そのものであり、
総理大臣(職)は「関係」の回転という位置にある。

そして、一方の意味は、「総理大臣という関係」の世界で起きている、「関係存在」の怒りなのだ、ということであり、しかも、「関係存在」の怒りであるから、いわゆる怒りの実感(実体の感覚)は存在できない。

もう一方の意味は、怒っている実感は「田中という個人(実体)」の世界で起きているのであり、文字どおり怒りを実感している世界である。
(関係化された怒り、だと表現されようか。)

この時、「総理=関係存在的主体」は、「ポストを担う個人」(=田中や鈴木)を通じて、「関係的主体の怒り」を体現させる。(=「歯車」が「回転」を体現する。)
この二者(「実体個人と関係ポスト」)の関係は、「関係存在」がこのように「主体として生み出され」ていて、「実体存在」がそれを「土台として担っている=体現している」という構造なのである。(直接統一)

 *この時、この「統一」という言葉は、なぜか、わかりにくい、という問題が残る。→後述「帰路という難所」(24)

次に(B)である。
歯車が回転している時、
「回転」(関係)に注目して、「回転」を「本体」と仮定すれば、付き従っている「歯車」は「影」である。
「回転」(本体)のない「歯車(影)」は「歯車は回転するからこそ歯車である」という本体(本来)の意味を失う。

このことは、「関係」が、「主体」=本体だ、という点が問題になっているのである。
まず交通渋滞を思い浮かべると、問題の性格が解りやすいかもしれない。
渋滞とは、車と車(実体と実体)の間が狭くなった状態をいう。
車(ドライバー)に、「私は・・・」と言わせて、車を擬人化するのはたやすいのだが、渋滞に、「私は…」と言わせるように、擬人化するのはむつかしい。
「関係」は、人のような肉体(実体)を持たないからである。
渋滞の場合は、空気という空間である「実体」が、車間(=「関係」という非実体)を体現していることになる。

しかし、高度な機能性を獲得した組織においてはその組織の意志という「関係存在」の「主体」というものを考えることは可能である。
労働組合でも、市民団体でも、国家でも、執行部(第三者)を形成し、その意志が存在する。
山田や川口に、議長や、委員長の役割(関係ポスト)を通じて、喜怒哀楽、や方針(思想なども)を体現させている。

総理という肉体を持たない「関係存在」(本体)が変化すれば、
それにともなって、総理のポストにいる田中(実体)はそのように変化を強制される。
逆は成り立たない。
田中は総理大臣である関係性の範囲内でのみ総理であるにすぎない。
(ただし、個性は温存可能である)
田中が総理の関係世界を逸脱すれば鈴木にとって代わられる。
総理(関係存在)が「本体」であり、田中はその「影」であるからである。
「本体」とその「影」とは、充全にぴったりと重なる、というわけではない。
そのように出現するのが「関係存在として生み出された第三権力のトップのポスト」と、「その椅子に座る実体」との関係世界である。(25)

さて、ここに姿を隠した難所がある。

私達が次のように感じて暮らしていることの意味は何か?

歯車が回転している・・・。
この時、回転(関係)だけを、解釈上切り離して、
回転(関係存在)が独立した「本体」なのだと考えて、とりあげるとすれば、「関係存在」(回転)が「実体」(歯車)から遊離したことになり、そのような遊離は実際にはありえず、従って、それは「架空」の話にならざるを得ない。
執行権力という「関係・主体」は、自己を、そのように「実体から遊離したものだと考える」誘惑にかられる。

人もまた同様、以下のように、その誘惑の渦中にいる。
人は「精神」的な存在である。
「精神」と「物質」は分離されている。
しかも、「精神」(関係存在)が「身体(物質)」(実体)より優位にある。
喜怒哀楽を実感する「実体」(身体)に、実感をゆだねつつも、「非実体」である「関係存在」(精神)の方が主体であり本体だ、と思ってしまう。
身体(肉体)は「従」であり、「影」にすぎない・・・と。

この時、国家主体=総理ポストという「関係存在」が、「私が国家だ、と実感した」ように見えるとすれば、それは「関係」という「非実体」が、「実体的な怒り」を感じる、という話になっているのであるから、結局、架空の話である、ことになる。
実感することが可能である存在は、飽くまでも、「田中」という「実体」(ボディー)の方だけであるから架空である他はないことになる。(26)

「関係が主体として怒りを実感している、という」そういう架空を「真」として生きているのが、国家における「関係(=ポスト)と実体」の有り様である。
そして、「総理という関係組織の主体性を下部において担っている田中(実体)」は、むしろ、そのようにしてしか、生きられないものである。

その主体(本体)である「関係存在」と同じく、この国家を、私達の生体に置き換えれば、私達は、架空を真として生きている、「実体」を土台に従え、それに身を委ねた主体という本体、則ち「関係存在」である、他はない、そういう存在である、と言わなければならない。(27)

ここまで来て、やっと「精神」という山の頂きが見えて来た。
以上の国家は、「精神」を湧出させる「組織力=機能(性)」の世界の譬喩になっている。
国家における国民という「実体」とは、「精神」におけるボディー(細胞諸器官群)を構成している「実体」と、(とりあえず)同じことである。
細胞諸器官群という「実体」(物質)が死ねば、「精神」(「非実体」という存在)も無に帰る。
同様に、国民という「実体」がいなくなれば、国家(権力)という「関係存在」は消滅する。(28)

「組織(性)」として世界を見れば、世界は様々、無数の「組織(性)」のピラミッドである。
生体だけに限っても、かのダ・ヴィンチ以下、現代の解剖学者の「驚き模様」を見れば、その「組織性・機能(性)」実態の想像がつこうというものである。
こうして、「情感の世界」も「言語の世界」も湧くようにして、「関係と実体の二重構造・統一構造」として出現したのである。
「情感」や「言語」という「関係存在の世界」をつくり出したのは、細胞諸機関群の「組織力(=機能性)」であり、その正体は「関係存在」である。(29)

さて、最後の難所が待っている。
それは、下山という帰路である。

山を登って来た、そのように私達は、「存在」を頭の中で抽象化して、「解釈」してきた。
「実体」と「関係」と「組織力」と「機能(性)」と「統一」と・・・。
そのような言語概念で、「外に見える景色」や「目の前を実際に歩いている人々」を分析して来た。
このままでは、世界は細かく分割された言語概念(イメージ)の集合に過ぎない。
だいたい、実際の景色が分解された概念群に、別々に分けられて存在する、
などということはあり得ないはずだ。
「LIVE」ではあり得ない。
現実の「景色」や「歩いている人々」の、「一つの存在」という場所(=「LIVE」)に、概念群を回帰させてゆくにはどうしたらよいのだろうか?

このままでは、次のように思ってしまいそうだ。
抽象化して取り出された「諸概念」を貼り重ねていけば、現実の「景色」や「歩いている人々」が生まれる、と。
現実には、どんなものも、人も、「貼り重ね」られて存在しているものではない。

回帰するには、全ての認識内容を、「一つに」、「統一」できればよいのだ。

それはどのようにしたら可能なのであろうか?(30)

「統一」の本当の意味は、「一つにする」という意味である。

(それは「存在」がもともと「一つだ」という認識からきているであろう。)
私達は、事物には、どこまで行っても「表・裏」がある、「一つにはならない」、と、どこかで思ってしまっている。
だから、「一つ(一面)にする」ことはできない、という気持ちをぬぐい去ることができていない。
もし、その気持ちを覆すことができるようなイメージに出会えれば、問題を溶解することができる。
「なーんだ、そういうことか」という気分をもたらしてくれるはずである。(31)

その下山ルートはどこにあるのか? 

不思議な絵を描いた「エッシャー」の作品に「メビウスの環」をテーマにしたものがある。
帯の、両端の、一方を一回転させたところで、両端をはりあわせ、環を作ると、帯の表裏がなくなる、というものである。
この帯をみていると、不思議な感覚がもちあがってくる。
その帯の一ケ所、どこかに穴をあけると、こちら側から向こう側をのぞく事ができる、ということになるはずだ。
しかし、「メビウスの環」においては、表裏がないという前提が存在している。
従って、こちら側は向こう側のことであり、向こう側はこちら側のことである。
この視線が直面しているのは、「事物は一つなのだ」という観方が強制されている、ということである。

この視線が意識化された時、解釈の結果、出現した二面性・多面性は、すべて「一つ」に回帰せざるを得なくなる。

私達が「二律背反」の現象を理解する時、この「メビウスの環」を観る視線が私達の基底にあるのであろう。
二つの存在が同居するのを許さない、としているからである。(32)

かくして、事物には、どこまで行っても「表・裏」がある、と、どこかで思っている、という気持ち(場所)から解放されることができる。

この「メビウスの環」の視線は、以下のことを意味する。
「実体と関係は分離されて存在しているのではなく、一つである」。
存在するのは、「実体のような関係」、「関係のような実体」、そしてこの二者は、「同じものの二様」である。
それは、以下のように言い換えられる。
「精神」と「物質」は、「分離された存在なのではない」。
それらは、ただ同じ者の二様である。
日常、存在自体に表裏があるように見えたりするのは、私達の視線が工夫していたり、逆に悪戯していたりするだけなのである。(33)

「存在」に関して、
「関係」という存在認識が欠落したまま、「機能(性)」を見落として進んでゆけば、「精神の正体発見」というルート開発は道半ばにして、挫折するのは必至である。

「存在」について、「自己世界」へ視線を向ける前に、先ず「自己の外」に残した未解決のルートを、一度たどってみることが必要なのだ。

かくして、私達はやっと、このルート(理路)の開拓を終えることができる。(34)

「晴れ渡った空に、初秋の光が、きらきらと飛び散っていた。」(中村・本文P37)



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