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船山佳苗さんの絵







船山佳苗さんの絵 ~ 湧出 ~
文 ことのは 宇田川 靖二

● 高速道路(首都高速)を走る。
仕事が手につかず、落ち着かない時、また、何となく自分が暇なように思える時、あるいは、わけもなく走りたくなる時、高速道路を走る。
それは、次々に展開するイメージに、この眼を委ねたくなる時間だ。
タルコフスキーの映画「惑星ソラリス」にも東京の首都高速を走り続けるシーンがあった。
都市の空間をうねる、高速走行する愉悦、思考は中空に浮かぶ。
フロントガラスがめまぐるしい。 
キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」の最後の方で、えも言われぬイメージ群が前方のスクリーンに続々展開され、まさに、とめどなく「湧き」出してくる。

イメージの湧出・・・。
いや、むしろ私達の憧憬こそが、底流にあって、それらのイメージを呼び出している、と言った方がよいのだろうか。
このイメージ群は、一体どこから出現してくるのだろうか。

春が近づくと、どこからともなく草木など、命のようなものが「湧き」出してくる。
豊富な清水も「湧い」てくる。
有名な和歌が自然に脳裡に浮かぶ。

石ばしる垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも (志貴皇子)

● この「湧いてくる・・・」ということ、
私達は「湧く」というこの現象に、不思議な感慨をもってこだわり続けている。

一つには、「湧く」ということが、「無から有が出現する」という意味を持っていて、物質レベルでは、あり得ないことだと思われるからである。
物質が、「有から別な有へと変化する」というふうに考えられても、物質が、「有から無になる」あるいは「無から有になる」とは考えにくい。
この何かが「湧く」という不思議さは、そのものの「起源」に不思議さを抱くのと同じことだ。

もう一つには、人間の「自由」とか、「主体性」とか、「自己」、あるいは「芸術」等という言葉が、「私達個体の内側から自然に湧いてくるものがある」
そういう実感に根ざしている、と考えられるものだからである。
これら「自由」等々の言葉の基本は、「湧いてくる」ということにあるのだ、いくら精巧なロボットでも、この落差が決して埋まるものではないのだ・・・、というのがこの問題である。

船山佳苗さんの絵は、恐らくこのような問題に捉えられているのだと思える。
  
● もし私が、スクリーンの背後から、
フロントガラスを見ているドライバーに向かって、イメージを放出し続ける(トータルな)者(存在)だとすれば、私は私の姿を、最後まで隠し続けなければならない。
スクリーンに映じるものは私(トータルな存在)の部分的な変容でしかないからである。

私は、ドライバーに語る。
「私は、確かにここにいてイメージをスクリ-ン上に産み出し続けている。
しかし、人が私の姿を捉えることはできない。
だから、私の作ったスクリーンのイメージから、せいぜい私を想像するがよい。」

この声に答えるかのように、作家はかの高速道路を、イメージの展開を浴びながら疾走する。
あるいは、イメージを追い求めるように走り続ける。

● 今、私は部屋の「鏡」の前に立っている。

待てよ?
私達は、そもそも「鏡」の世界を相手に生きているのではないのか?

外の景色も、このテーブルも、そしてあの、滝の清流も、さわらびも、それら、春の姿のイメージは、すべて「鏡像」だったのではないのか?
それなら、スクリーンの向こう側からの声が語る意味、「人が私の姿を捉えることはできない」と語る、その意味がよくわかる。
なぜなら、「鏡」は、こちら側の部屋の世界しか写し出すことがないからだ。
「鏡」の前のドライバーは、スクリーンの向こう側からイメージを放出する者(トータルな存在)の姿を知ることはできない。

故にこそ、作家達は、向こう側からの誘惑に答えようと欲する。
鏡という場所は、向こう側からの誘惑と、こちら側からの憧憬とが衝突する、ドラマチックな苦悩の場所だ。

(・・・一体この「鏡」はどんな「建物」の壁にかかっているものなのか?)

● それにしても、私の体内に湧き出す、「イメージ以前の情感」というもの、
それはどこからどうしてはじまるのか?
私の個体の、いづこからその情感の起源が始まるのか?

私が独立した個体として生まれている、
その私の内に起きてくる、
「私のものである」、
「私のあかし」の、
「情感」は、どうして「湧いてくる」のであろうか?
それは鏡の前に立つ主体だと言ってよいのだ。

何より、この私達の個体のうちにその原因となる構造を掴み取らなければならない。

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